このあの館の人々

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<<   作成日時 : 2008/04/09 00:16   >>

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2008年4月2日夕方、僕は某さんからの、まさかと思われるような
メールを受け、たまらず某さん本人に電話していた。
考えたくないが、99%の確信があった。

やっぱりそうだった。
石井桃子さんが亡くなったのだ。

1週間オフレコにして欲しい、と某さんに言われた。
すべて内々で済ませてから、マスコミには公表したいから、と。
ご遺体は、明日、荻窪のかつら文庫に戻る、ということも聞いた。
それ以上のことは、ここでは書けない。

会社から出て、某さんには悪いけど、ナンダに電話した。
うい坊は、今もちょうど『ちいさなねこ』を読んでいる最中という。
涙が込み上げてきた。
家に帰ったら帰ったで、うい坊は『きいろいことり』や『ちいさいさかな』を
読め読めとせがむ。今日に限っては辛過ぎる作業。

翌日。
あっという間に、新聞・テレビで報道されていた。
「なぜ?」と、思ったが、その日の夜には、そういえば、祖父の時もそうだった、
と思い出した。どういうわけか結局、隠せないものなのだ。
その週は、仕事が思ったように進まなかった。
某さんからのメールがくる度、デリカシーのないマスコミに対する怒りと、
虚無感に襲われ、何人かの人には迷惑をかけたと思う。

少し時間をおいて、心の整理をすることにした。
屋根裏に登って、石井先生との書簡を探し始めた。
いくつか出てきたが、最近のものはめっきりない。
それは、敢えて先生にお便りを出さなかったからだ。
石井先生は、まじめな方なので、どんな若輩者からの便りでも、
必ずお返事をくれた。でも、それが負担になっているのだ。
その事実は、間崎さんから聞いて知った。
あの間崎さんとて、滅多に連絡をしないという。
なのに、僕がそんなことできるだろうか。

書簡を読み返してみた。
自分がどんな内容の手紙を送ったのか、今では思い出せないが、
その内容が、あまりに稚拙だったことは確かだ。
それは石井先生からの返事を見ればよくわかる。

「世の中では、何事も理想通りにはゆきませんよね。
それを全部、相手がわるいときめてしまわないで、一歩一歩、
自分の努力でよい方向にもっていくのが仕事ではないでしょうか。
それから、いつも冷静に客観的に物を考えるようにおつとめになってください」

私がK土社2年目の時にもらった手紙の抜粋。
きっと、自分がやりたいことを会社がわかってくれないやら
なんやらと不平・不満を並べ立てていたのでしょう。
恥ずかしい。
でも、今でも染み入る言葉です。
結局、僕はあの頃とあまり変わっていないのかも知れない。

そして、どの手紙の末尾にも

「若い人たちのお仕事に期待しています」

と書かれている。

ああ、僕は今、石井先生に胸張れる仕事を、果たしてできているのだろうか。
それを考えると、ものすごく恐い。
大学4年生の頃、先生のお宅にお邪魔し、恐い物知らずで
先生と子どもの本について語り合った時のことを思い出す。
あの頃の自分は、単なる先生の本の一読者でしかなかった。
でも、だからこそ、子どもの本の喜びを純粋に共有することができた。
今、もしそんな時間が持てたら、あの頃の無知な自分では思いつかなかった、
聴きたい話が山ほどある。
でも、編集者として善かれ悪しかれ結果が出てきている今、
あの頃ような純粋な話ができるだろうか。
そう考えると、恐いのだ。

光が消えてしまった。
目指す光が消えてしまった。
僕の理想の編集者像は、石井桃子の系統を継ぎ、1冊でも多く楽しい本を
編集することだ、なんて思っていたけど、今、目の前から光が消えてしまうと、
そんなたいそうなこと、僕にできるだろうか、と愕然とした気持ちになる。


石井先生との書簡を探していると、祖父である、故北御門二郎の手紙も出てきた。

「人生にはいろんな困難が待ち構えているのは当然だけど、正しい考え方で
生きていけば、いつかはその困難も克服できると思います。その点、
由ちゃんには、大いに期待していますから、頑張って下さいね」

今、僕の人生は、まだまだその困難を克服できていません。
当然のことかも知れませんけど。
ただ、正しい考え方を持って仕事を貫けば貫くほど、
世の中は生きにくいですよね、石井先生、おじいちゃん。
でも、お二人は、その考えを曲げず、最後まで貫き通しました。
だからこそ、たくさんの人を幸せにできたんだと思います。
僕もそうなれるかな…。
賢人のお言葉、その姿勢、いつまでも胸に刻み続けます。

石井先生、心よりご冥福をお祈りいたします。


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約10年前の書簡。





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左より、弟、母、石井先生、祖父。1987年湯山で。







このあの館主人




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
石井先生の言葉も、お祖父様の言葉も
本物の言葉だから重みがあって
まっすぐ心に届きます。
どんなにすごい立派な人も
きっと自分や立場や仕事に満足しないで
真摯に取り組んでいたのだと思います。
今の結果(なにをもって結果とするかはともかく)ではなく、そういう意味で主人さんの姿勢はしっかりと受け継いでいると思います!

わたしこそ、まだまだまだまだだけど
本を通じて人を幸せにする仕事をしたいなあと思います。

chaco
2008/04/10 20:18
chacoさん、励ましの言葉ありがとうございます。
この記事を読んだナンダに、
「この記事にコメントは書きにくいねぇ。友だちがいなそうだもん」
と、言われました。はあ、確かに私は同年代の友だちが少のうございます。ま、今に始まったことじゃありませんが。

でもね、どうしたって他人事のようには書けない事件だったんですよ。覚悟しててもね、やっぱりいるといないでは大ちがい。それは祖父を失ってみてわかりました。たぶん、これからの人生、折に触れて感じることなんだろうな、と思いました。

でもでも、いつまでもくよくよはできませんよ。それに私の周りには、私より石井先生に身近だった人は、わんさかいるんですから。その人たちに何ができるか、そして、その人たちと何ができるか、これからゆっくり考えます。

chacoさんも、もう新しい職場ですか? 働き出すとなかなか会えなくなりますね。今度、ナンダが焚き火を主宰しますんで、是非、参加して下さいね!
このあの館主人
2008/04/11 22:10

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